小さい頃のボクは、東京湾の小物釣りでも酔ってしまうほど船には弱かった。
そのため、父親と船釣りに行った思い出はほとんどない。
ボクがすぐに酔ってしまうため、船釣りには連れて行かなかったのだろう。

伊加 楓(かえで)くんは小学校6年生。この日は、お父さんの俊一さんと大原港「つる丸」にヒラメを狙いにやってきた。
楓くんとお父さんは、ここのところ毎週のように船に乗っているそうで、「先週は鹿島の夜イカ船に乗り、ムラサキイカを2人で170杯も釣ってきた」そうだ。
そして「大好きなのはカワハギ釣り」と、笑顔で教えてくれた。
ただ、ヒラメ釣りは楓くんも俊一さんも初めてとのことで、今回は貸し竿でのチャレンジとなった。
午前5時少し前に大原港を出船した「つる丸」は、ゆっくりと太東寄りのポイントへと向かった。
前日に吹いた強風の影響で、多少ウネリがある。
午前5時30分、ポイントに着くと、岩瀬松男船長が楓くんと俊一さんにヒラメ釣りのレクチャーをしていた。
餌の付け方や投入の仕方を説明していたが、二人とも船釣りには慣れているので、説明をすぐに理解して釣りを始めた。
ところが、投入から約30分が過ぎてもアタリは少なく、ヒラメはなかなか上がらない。
前日の大雨で、沖でもかなり潮が濁っている。目が悪いと言われるヒラメは、潮が濁ると極端に食いが落ちる場合がある。
この状況を見かねた岩瀬船長は、移動を告げると大原寄りへと船を走らせた。
大原沖のポイントへは、何隻かの船が先に竿を出していた。
しかし、ここでもやはり潮は濁っている。水深は約25mと先ほどのポイントと同じぐらいだが、根がきつくカジメも多いので、根掛かりに注意するようにと岩瀬船長からアナウンスがあった。
楓くんたちも手持ちで頑張ってはいるが、オモリを底に着けていると頻繁に根掛かりしてしまう。
釣りには慣れているとはいえ、横流しでのヒラメ釣りは、根がきつい場所では初めてだと難しい。
常にタナを取り、オモリを少し浮かせておく必要があるからだ。
このポイントでは、型は小さいが何枚かのヒラメが顔を出した。
イワシをかじられることも多くなったが、型が小さいためか食いきれずにバラしてしまう。
しばらくして、ふと横を見ると楓くんの竿が大きく曲がっている。
「また、根掛かりかな」と思ったが、少し様子が変だ。岩瀬船長が出てきて、楓くんの竿を持ち、根掛かりかどうかを確認すると、どうやら魚が掛かっているらしい。
竿は相変わらず大きく曲がり、小さな楓くんは必死になってリールを巻いている。
俊一さんも「楓、頑張れ、頑張れ」と一生懸命に応援をしている。それでも、なかなか魚は上がってこない。
やはり小学生では、かなりの重量感なのだろう。腕も疲れてきて、リールを巻くスピードがだんだんとゆっくりになってきた。
俊一さんも本当は代わってあげたかったのだろうが、「自分で掛けた魚は自分で上げる」という「釣りの掟」に従い、応援に専念していた。
タモ網を持った岩瀬船長も横に立ち、「ゆっくりでいいから」と、普段はあまり口にしない優しい言葉で励ましている。
俊一さんと船長の応援の甲斐もあり、ようやく魚が上がってきた。ゆらゆらと海面に姿を現したのは、まぎれもなくヒラメである。

そして、無事に船長のタモ網に収まったヒラメは約1.5kgの良型で、楓くんにとっては生まれて初めて釣ったヒラメとなった。
「こんなに大きな魚は初めて釣ったよ。今日はもう大満足」と無邪気にはしゃぐ楓くんの横で、俊一さんが「すごいな。おめでとう。良かったね」と優しく語りかけながら喜んでいる姿が、とても印象的だった。

その後も、ポツポツながらヒラメは顔を出すのだが、バラシがとても多い。
サイズが小さいこともあるが、潮が濁ったせいでイワシに食いつき損ねてしまうことが多かったのだろう。
中盤になり、雨は降ったり止んだりを繰り返していたが、風が強くなってきた。ウネリが少しずつ大きくなり、横流しの船は大きく揺れる。
そうなると置き竿ではアタリが分かりづらく、魚もなかなか掛からない。やはり、竿を手で持って船の揺れを吸収しながらでないと難しい。
楓くんたちも手持ちで頑張るのだが、アタリが分かりづらくなってしまい、イワシをかじられても針には掛からないようだ。
それでも、船では終わりまでポツポツと掛かり、終盤にかけてはサイズもアップし、釣れれば1kg級が主体となった。
結局、この日は1枚から3枚と全員がヒラメを釣り上げ、サイズも1kgから1.5kgが中心と、満足のいく結果となった。

大原沖では、これから寒くなるにつれてイワシの群れを追いかけて大型ヒラメがやってくる。そうなると座布団級も上がり、ヒラメ釣りの楽しみも倍増する。
「つる丸」は、午前中はヒラメ中心に出船し、午後は好調なマダイ釣りで出船するので、午前・午後と乗船すれば「タイやヒラメ舞い踊り」も決して夢物語ではない。
ところで、子供を持つようになってから「子供と釣りに行くのは親父の夢」という話をよく聞くが、それは俊一さんのような優しいお父さんが増えたからなのだろうか。
ああいう優しい目で子供を見守ることができる人でないと、子供と釣りに行きたいとは思わないのかもしれない。
父親もそうだったが、自己中心的なボクの場合は、子供そっちのけで自分の世界に入ってしまう。そして、子供が自分より大きい魚を釣ったら、きっと対抗心を燃やしてしまうことだろう。
そんなことを考えていたら、「なんて自分は子供なんだ」と恥ずかしくなった。
楓くん、優しいお父さんと一緒にたくさん釣りに行き、立派な“釣りオヤヂ”に育ってくださいね。